信州おたり民家応援団
オープニングイベント リポート

<2001.05.04>


第1部 「登録文化財制度の町づくり・むらづくりへの活かし方」


工学院大学助教授 後藤 治先生
(元文化庁文化財保護部建造物課文化財調査官)
<登録文化財担当官>




    私が今日話すことは登録文化財制度ということで、外国と日本を比較しながらこの制度について説明してみます。登録文化財制度は平成8年に出来たばかりの、大変新しい制度です。皆さん文化財というと、寺とか神社とかいったものが文化財だと思っている方が多いわけですが、自分の身近にある日常見ている家とか、自分が暮らしている家とか、そういうものが文化財であるという意識を持っている人は、日本には少ないです。 そういうものを応援しようということで出来上がった制度が、登録文化財制度です。これはビルツブルグ (写真1) というドイツの町ですが、ヨーロッパの町を訪ねると、日本と違って町が綺麗で歴史的なものがよく残っているという印象を持ちます。大概の日本人の方は「向こうは石の文化だから残るが、日本は木の文化だから残らない」と言います。日本人の感覚では、お城とか教会みたいなものが文化財だと思っていますが、ヨーロッパに行ってみますと、歴史的な古い家がたくさん残っていて、普通の家が文化財になっています。ところがこれが石ではなく木で出来ている。つまり、大事なところを残しているのであって、石だから残っている訳ではない。また、古いものばかりがヨーロッパで大切にされているわけでもなく、古いものも新しいものも歴史の中で、それぞれ風化しながら歴史を重ねながら評価されて、文化財になっています。
    日本の登録文化財制度は登録という言葉を使ってますが、普通は「文化財に指定する」と新聞に書かれます。指定というと、例えば大勢の方がいる中からひとりを指名するような、特別なものをピックアップするような意味です。重要文化財は日本では指定と言われますが、登録文化財は登録です。登録というのは、名簿とか原簿をつけるという意味で、英語で言うとリストのことです。つまり登録というのは、町の中にある歴史的文化的に意味がありそうなものの名簿を作って、御互いに共有しましょうという考え方です。
    では、どういうものが登録になっているのかというと、福井県の上中町という所にある火の見櫓 (写真2) です。これは農業用倉庫を改造して火の見櫓にしたもので、明治の終わり頃のものです。農業用倉庫も江戸の終わりくらいで、そんなに古いものではありません。でも、これは町の人が毎日の生活の中で必ず見ているわけで、みんなの心の原風景として思い出に残るような建物です。そんな建物も登録の対象になります。これは同じく福井県の小浜市にある小さな公民館施設 (写真3) ですが、つい通り過ぎてしまいそうな建物ですが、調べてみると明治の終わり頃にキリスト教関係の人がこの町にやって来て、土蔵を改造しながらキリスト教の伝導のために使った歴史があり、それが今は公民館となりました。そういう町の小さな歴史に関わったような建物も登録の対象になっています。これは大阪にあるオフィスビル (写真4) ですけれども、こういうオフィスビルも、昔は街の中にたくさんありました。戦前の大阪が華やかだった頃を示す建物で、これも登録の対象になります。それから変わったところでは、岩手県の小岩井農場の牛舎 (写真5) ですが、これは牛舎ですから美しいわけでは有りません。明治に出来た小岩井農場という由緒ある建物であれば、普通に使われている生産施設でも登録になる。登録文化財というのはそういう考え方なんです。日本では年間約500件くらい、6年で3000件くらい登録になりましたが、先程のドイツでは国の中で登録されている物件が80万を越えています。また、イングランドでは40万を超えている。多いですねと驚いて言うと、ドイツの担当官は、「80万登録を受けた建物があっても、国全部の建築物の中でたった5%」との答えです。つまり、それだけ登録しても歴史や文化に貢献してない建物が95%もある、そういう発想でたくさん登録されてもいいのです。
    次に、これは隣の白馬村の青鬼 (写真6) ですが、最近、重要伝統的建造物群保存地区になりました。このような美しい風景が日本にもたくさん残っている。重伝建地区は、まち並みの保存ですが、この1棟1棟が歴史や文化に貢献するように、そういう歴史や文化の集積が多いところは全体で考える、というのがまち並みの保存です。したがって、登録ということとまち並み、村を美しくしていくということは近い。
    たくさんの文化財をヨーロッパの人達は持っていますが、それをどうやって残しているのでしょうか。大事だということは解るけれども、残すのはそう簡単ではないということになる。しかし、残すためにしていることは非常に単純なことです。これはある1軒のドイツの家 (写真7) ですが、昔ながらのスタイルを残して住んでいます。外観は綺麗に残していますが、内側は現代の生活に合う、暮らしやすい形に変えて残しています。これがヨーロッパで行われている方法です。登録文化財も同じような考え方で、外観は残しながら、内部は変えても結構です。従って、文化財と聞くと釘が打てないなんて言われますが、基本的には内部を変えることには全く規制がないんです。次は登録ではなくてまち並み保存地区の例ですが、この場合も全く同じ考え方です。これはまち並み保存、奈良の今井町 (写真8) の例ですけれど、外側は古い姿を残していて、内部はやはり現代風に改造して暮らしやすいようにしています。実はこれは今井町が町民のために作ったモデルハウスですが、こういう具合に身近な例で住み易いように改造しながら、歴史や文化を残せる方法の紹介を、日本でも外国と同じように、一部の地域では行なわれています。信州おたり民家応援団の方々で、建築士の方が結構いることに気付かれたと思いますが、建築の設計をやっている方々は古い家を残しながら、こんな風にやれば快適な住まいはできるということを、自分の経験を通して知っています。だから皆さんに、折角、村に残っている歴史的な建物を残しながら、少し村のことを考えてみようよと訴えているのです。

    ここからは外国で、歴史を残しながら現代に合わせている事例を紹介いたします (写真9) 。この町では、表通り側は皆に見える側は皆そろえてよく残していますが、裏側は誰も入ってこないので、裏通りには車を止めていて、ゴミ箱もあります。普通の観光客は前しか通らないので「外国は違う、日本は真似できないね」と言いますが、こういうのを見るとどの国でも一緒です。それから、これは非常に綺麗な石畳で通りが出来ていますが、日本人は「外国はさすが素晴らしい綺麗な石畳が残ってる。」と言います。これを見て勘違いした建設局の人が「歴史や文化を活かした町づくりをしよう」と、古い町の中に新しい石敷きの道を一気に作っちゃうんですね。そういう事が町づくりだと思ったらそうではない。外国でもこういうものはある程度一生懸命作っています。ところがこの辺りから石畳がなくて、どこでもある普通の舗装道路です。保存地区になっている所は一生懸命石畳も残しますが、徹底したものではない。その点ではどこの国でも一緒です。町の風景というのは、住んでいる人なり、町の意識を映す重要な鏡となります。次にまた、まち並みの中でやっていることはそんなに凄いことじゃないという例ですが、ドイツの風景 (写真10) ですが、一番手前の家や奥にある家は柱と梁が見えているハーフティンバースタイルで、これがヨーロッパの伝統的なスタイルですが、「昔ながらのデザインにあわせた建物を作って、町の中でデザインを統一していきましょう」と一生懸命やっています。だから歴史的な町とか、登録文化財に限らずまち並み保存も含めて、歴史的なものを大事にすると言うと、残っている部分だけが目に付き易いんですが、残っている部分の間の部分や、その他の部分のほうが大事なことが多い。町や村を綺麗にしたり、いい村を作っていくというのは、簡単に一足飛びに行くものではなくて、小さな努力の積み重ねだということが解って戴けると思います。
    まずその第1歩になるのが、残っている歴史的な建物を大事にすることであって、次に、残っている歴史的な建物と今のまちや村の風景がマッチするように考えることです。さらにそういう村をもっと住みやすくするために車とか、景観上見てくれが悪い看板など、そういうものにも気を配っていく。そうしてゆっくり進めていくことで綺麗な町、美しく住みよい村というのが出来ていく。そういう努力は日本でもすでに行なわれています。今日は歴史的な建物を大事にするとか、登録文化財の話ということで、小谷村で昔から住んでいる人達や古い家に住んでいる人達、その人達だけに関わる話だと思って来られた方々だけではなく、実はそうじゃない普通の家に暮らしている方々が、どういう風に考えるのかということが、村にとって重要になります。したがって、登録文化財の町づくりというタイトルですが、1軒1軒の古い家を考えていくということは町全体を考えていく事にも繋がっていきます。
    ここから少し、日本と外国で同じ所、違う所を見ていきたいと思うんですが、日本の登録文化財の場合には、殆ど規制がありません。さっき「内部は自由だ」と言いましたが、内部だけではなくて、外観も4分の1以上を変えなければ書類も要らないし、4分の1以上変える場合でも届出をすると済むようになっています。行政から許可をもらうのではなく、基本的には所有者が好きにして良い、壊したりする時にも届け出れば良いという規制が緩やかな制度です。なぜかというと、一般の家とそれほど差をつけられないからです。日本は大変自由な国で、建築基準法上の書類が少しは必要ですが、自分の家を建てるときに、殆どそういう規制が掛かってこない。それに対して文化財になると、1,2枚書類が必要になるので、0と1,2枚では大きな違いでして、「文化財だと釘一本打てない」といった誤解が生まれてきます。外国の場合には少し違います。これはイギリスのある町の貴族の家 (写真11) ですけれども、中世くらいから使っていて、屋根も石で葺いたものです。この辺の集落に行くと、茅葺きの土と石で作った家が残っていて、これが登録文化財になっています。イギリスの登録文化財は、内部を変えるのは自由ですが、外観を変えるには許可を取らないといけないんです。単純に言うと、イギリスの文化財は非常に規制が厳しい。彼らの好みだけで家が建ってるわけではなくて、サッチャー政権以前ですと、新築の家でも外側からはみんなの目に触れるから、素材、窓の位置から屋根の勾配、そういったもの全てに規制が掛かっています。つまり、一般の家でもかなり厳しい規制が掛かっていますから、文化財ですと1,2枚程度のものを提出しなければならないとしても、それほど厳しいとは思わないんです。ただ、イギリスの歴史的な建物に住んでいる人にインタビューすると、古いことには大変誇りを持っていますが「古いんで、不便で結構大変ですよ」と言います。それでも古いことに誇りを持っている。そこが日本との違いですね。それから、やはり一般の家とそれほど差が無い、ということが、非常に大事なことなんです。日本の登録文化財という制度が、規制が少ないというのは、一般の住宅とそれほど変えないで、大事だということを皆に知ってもらうためなんです。ただ、日本で違うのは、古い家に住んでいる人に話を聞きますと、不便だとか、暗いとか寒いとか家に対する不満は出てくるんですが、それは、先ほど見せたように内部を改修すれば、解決するのですが、日本人は遠慮が深いものですから、例えば新聞とかマスコミの人がこういう家に取材に来ると「暗くて寒くて、不便ですよ」という話をしても、謙虚なものですから自分の家や町に対する誇りとか自慢はしないのです。で、ここからが日本とヨーロッパの最大の違いなんですが、日本だと「文化財は暗くて寒くて住みにくいから残せない」そういう話を最初に出しちゃうんですね。それで普通の人には「やっぱりだめか」というイメージがこびりつくんです。ここで僕が言いたいのは、日本でもちょっと工夫をすれば暗くて、寒い家が住めるようになることです。日本人は自分からは言わないですが、自分の暮らしに愛着を持っている。だから、僕は文化財アレルギーと呼んでいるんですが、日本で文化財アレルギーが出る、その悪い片棒を担いでいるのは、半分はマスコミでもう半分は経済最優先だと思います。これは先ほどのドイツの話ですけれども、裏側に回りますと、文化財ではない家は皆自由勝手にいろんな形で建てています。日本と違うのは、皆デザインはそれぞれ自由にやっているけれども、屋根の勾配とか軒の位置とか非常に統一感があるんです。これは規制が働いていて、皆好きに建てているようですが、非常に厳しく規制されているので、それに比べると日本はいかに勝手にやられているかが解ると思うんです。文化財になっていないところでも彼らは規制を受けながら、逆にこれは美しい町を作るためのルールであると考えている。日本でも登録文化財が多い町や村、まち並み保存をやっている地域というのは、そういうルールが出来ていて、これは滋賀県の近江八幡 (写真12) ですが、ここはまち並み保存を始めて20年近く経っています。表側は綺麗な町が残っていますが、この町では実は表側だけでなく、堀が通っていて、堀が通っている場所では裏側も大事にしようとこうなっています。日本の中でも非常に頑張ってルールを作って、ヨーロッパよりもずっと美しい誇れるまち並みを作っている例が最近は出てきました。今日最後に言っておきたいのは、基本的には普通の家、その辺りにある家が、文化財になりえるんだということ。これはイギリスのある担当官ですが、「うちの町には文化財になった建物が二百何十棟ある。町に文化財が多いか、少ないかは、その町の歴史や文化に対する見識が問われているんで、うちの町は歴史や文化を大事にしているから多いんだ。」という答えでした。僕はまさにその通りだと思いました。だから普通の家は当然文化財になって良いし、そうじゃなければ、歴史や文化を大事にする町や村にならない。それからもう一つ。歴史的な美しい村の風景というのは、何も1個の宝物があるから風景が出来上がるわけではなくて、美しく暮らしやすい風景というのは、何がいいのかというと、その1本1本の緑が良かったり水がよかったり、光る部分がたくさん散りばめられている町がいい町なんです。つまり、1個1個の目に入ってくるものが輝かない村は綺麗な村にならない。だから、そういう意味では登録文化財だけではなくて、1棟1棟の家とか、家と家の間にある庭とか、そこにある木とか皆で考えながらやっていく町が、本当に美しいものを作れる町なんです。その時、最後に大事なのは「自分たちも話し合うし、外から来た人達の話もよく聞いてみる」ということで、「信州おたり民家応援団」には先ほど地元の人が少ないという話が出ましたが、外の人と地元の人がこういう交流をする機会を生かして、この小谷村のどこが外から来た人には良く見えるのか、また逆に、どこが悪く見えるのか、また、中に住んでいる人にとって、いい所と悪いところ。そのあたりの意見を交換する事によって、皆が住み易かったり、見ていいなと思う町ができるんだと思います。歴史や文化の中で大事だと思うものは、登録文化財制度という堅い文化財制度に載せなくても、構わないと思うんです。皆さんの中で、是非自分が気に入った歴史を感じる場所とか、文化を感じる場所の名簿作りをするというつもりで、チャレンジしてもらいたいと思います。今日、車で少し走りましたが、家だけに限らずこの村には良いところがたくさんあると思います。それは単なる坂道だったり樹木だったり、そういうものを含めて歴史や文化の観点から名簿作りをしてもらいたい。

    最後に、この登録文化財というのが世の中でどのように効果を発揮しているかということで終わりたいと思います。ダムを作ったり道路を通そうというときに名簿がないと、何もないからここに作っても良いという話が出てくる。ところが、名簿があると、結構歴史や文化の大事なものがたくさんあるなとなる。そうしたら、その道路をつける時にその歴史や文化を大事にするように道路を考えようかとか、ダムを作りましょうかという話が、必ず出てきます。今の登録文化財は、規制も無い代わりにあまり助成も出ません。あまりメリットが無いと言われ、メリットが無いから、登録しても無駄だとか、メリットが無いからやらないという姿勢は全く本末転倒だと思うんです。メリットはあとからついてくる。大事だということを宣言しないと、誰もメリットをつけてくれないし、配慮もしてくれないんです。登録するということは、自分たちの物は大事なものだ、と外に向って宣言することです。まずそれをやらないと、プラスも無ければ配慮もこないんではないでしょうか。道路やダムに限らず、役所ではいろんなことに対して特例とか特殊な配慮というのがあるんです。文化財というのは、歴史や文化の観点からの配慮というのが、ほかの法律でされていまして、今まで、ある所に認められていなかったものが、歴史や文化として大事な文化財ならそれを認めましょうということが、しばしば起っている。従って、「是非そういった歴史や文化を大事にした村づくりをしたい」と思っているのであれば、皆さんの意識の中に積極的に登録をするということを、頭に入れておいて戴ければと思います。今日見た中でも、おそらく小谷村で登録を受けられるものは、100件くらいあるんじゃないかと思います。本当に100件出来るかどうかは解りませんが、そういうところに村全体の意識が問われているんだ、ということを頭に入れておいて戴ければと思います。以上で私の話は終わりです。


  


質疑1.福井県の小浜とかの話が出ましたが、いわゆる地震の多いところ。ここもフォッサマグナ上にあるんですが、登録を受ける場合に耐震改修など何か決められた装置を使わなければいけないとか、そういうことはあるんでしょうか?

 


A   そういうものは登録する時には全くありません。むしろ登録になればアドヴァイスを、行政側から受けることが出来るんです。それから、歴史的なものに慣れていない建築士とか、やった経験の無い建築士に見せると、古い家というのは耐震上だめだから建て直さなければならない、と言われるが、実は、そういうものに慣れている建築士に見せると、なんて事の無いケースが多いんです。そういう点で、『応援団』にはたくさん建築士の方がいますので是非相談してもらいたいなと思います。


質疑2. 地元の岡山で、これは良いなと思う建物を、地元の教育委員会に行きまして、「所有者の方は了解していて、登録したいんですが、登録についてどうお考えですか」と聞くと、教育長がまず出て来て、「私はまだ着任して1年程。登録文化財とは一体なんですか?」と聞かれる。じゃあ担当者の方どなたか詳しい方がいませんかと聞いても誰も知らない。登録文化財について誰も知らなくて、こちらが一から説明をしないといけないような事が多いです。これをどう御考えになりますか?


A   制度が出来てからまだ6年くらいですから、しょうがないところがあるんですが、外国も80万といいましたが、40年位前からの経験があるからで、外国だって一足飛びにそこまで行ってないですよね。とりあえず一番早いのは、文化庁にその場で電話を掛ける。直接担当官に話を聞いてみてくれとやるのが早いと思うんですね。いろんな地方に行って、地元の建築士さんからいろいろ情報を聞くと、必ずその町に自分で乗り込んでいって、この建物は登録できるから、さっさとやんなさいと言ってます。町の理解が得られなくて困っている、という情報を入れておくと、必ず国のほうから回ってきてくれますから。だいたい各県、年に1〜2回は行っていますから、時間は掛かりますけれど、その辺りからやっていくしかないんじゃないですか。逆に、一般の人達にそういう制度を紹介していただく機会というのは非常に大事だと思っています。


質疑3. まだ須坂には登録文化財はゼロだと思います。これからの都市計画では、歩道が両側に3.5、あるいは4.5メートルと、全体の復員で18メートルくらいになる都市計画道路が多くなってきまして、そうなると今まで12メートルで済んでいた赤線が、建物に再度かかるという場面が多くなってきます。で、明治から大正にかけての土蔵の建物が非常に多い町ですが、そうなると建物が引っかかってくる。そういうときに、一応名簿に載せておけば、道を明けるときに幾分でも効用はあるのかな、効用があるんだったらこれからどんどんと進めようかと思っているんですが。


A   先ほどの今井町ではど真ん中にその都市計画道路が通す計画だったんですが、まち並み保存をやったことによって、周辺に動きました。それから、最近では埼玉の川越がまち並み保存をやったんで、都市計画道路が動きました。登録を1棟1棟進めるのがまず第1歩だと思いますけれども、やっぱり道路の計画を動かすくらいのパワーというのは、地域全体でここは残したいんだという話を明確に出していかなければならないので、登録だけではすまないですが、登録を進めるというのもひとつの方法ではあるんです。道路の問題というのは、やはり歴史的な建物、小谷村のようなところではそういった問題は少ないんですけれども、街場で歴史的な建物を残す時に道路との関係は切っても切れない関係で、道路というのはどうしても国道、県道、市道、ということで、上から降ってくる計画が多いんで、地元の方針としてここは残したいんだという事を、明確に意思を打ち出していく以外には変えにくい。そういう市町村が増えてくると、国のほうも少しづつ変わるのかなといます。 すぐに登録文化財に即効性があるわけではないですが、それをやることは大変重要な手段だと思います。





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信州おたり民家応援団

オープニングイベント参加御礼
長野県北安曇郡小谷村




この度、信州おたり民家応援団は、
5月4日(土)に日本財団様よりの助成金により
信州おたり民家応援団のオープニングイベント
『宴〜おたり村、講演、公演、饗宴の午後』を、
大盛況の中、無事開催することができました。

当日は、ゴールデンウィーク中の中日であり、
春雨の降る、お足元の悪い中にもかかわらず、
ご参加いただきました、皆様には、
厚く御礼申し上げます。

また、次回は7月にワークショップを計画しております。
是非、御参加くださいますようよろしくお願い申し上げます。

尚、開催にあたり、多くの皆様より、お祝を賜りました。
略儀ではございますが、ここに慎んで、御礼申し上げます。

2002年5月6日                 メンバー一同






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信州おたり民家応援団
オープニングイベント リポート

<2001.05.04>


『宴〜おたり村、講演、公演、饗宴の午後』




後藤先生の平易な語り口は難しい話も楽しい話へ。

会場となった玉泉寺

司会をするSOVAメンバー

熱気あふれる会場
当日は、春雨の降る生憎のお天気でしたが、それにも関わらす、大勢の方がおいで下さいました。 参加者の方々には、第一部の後藤先生の穏やかな語り口の講演、また、第2部の古屋さんの「一人語り」の独特な雰囲気を楽しんで頂けたかと思います。
私たちSOVAのメンバーは、この日、多くの方々とお会いでき、小谷村に対する皆さんの暖かい気持ちをお聞きすることができました。

そして、よりいっそう、この小谷村が”大好き”になりました。

どうか、今後ともよろしくお願いいたします。(メンバー一同)

衣装を変えて語る古屋さん

講演に熱の入る後藤先生

照明を落とした会場に琵琶の音が静かに響く。

村内外70箇所に貼られたポスター




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信州おたり民家応援団

オープニングイベントのご案内
長野県北安曇郡小谷村




いくつかの良質な茅葺民家の集落などから構成される信州の小谷村。
かつてはスキー等のレジャーで経済的に活性化した時期があったものの、
現在は過疎化が進み将来的には廃村も危惧されると聞いています。
しかし、村内に未だ少なからず残る良質な歴史資産を活用して、
住環境、コミュニティーの再編を図り、村の方々が小谷村で暮らしていく
誇りと充実感をもって、現代の暮らしにあった日本の建築文化の歴史資産
の継承をして頂けたらと私たちは、願い活動をはじめました。
私たちメンバーの多くは地元出身ではありませんが、
小谷村の豊かな自然と 歴史的景観にひとかたならぬ思いを感じております。
そしてこの度、私たちは、5月4日に
信州おたり民家応援団の本格的スタートを記念しまして、
以下の通り、オープニングイベントを企画いたしました。
みなさま、是非、ご参加下さい。


おたり村、講演、公演、饗宴の午後


日    時:
場    所:

5月 4日(土) 15:30〜 
長野県北安曇郡小谷村 玉泉寺

プログラム:

第一部 『登録文化財制度のまちづくり、むらづくりへの活かし方』
      講演者:工学院大学の後藤治先生

http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~wwa1023/
工学院大学建築学科助教授。
かつては文化庁文化財保護部建造物課文化財調査官を務めており、
当時の経験を活かして歴史的建築物(町並)の保存・活用に力を注ぐ。
また、柔軟な発想力、冷静な観察眼を持ち合わせており、指導者とし
ても評価が高い。

第二部 古屋和子さんによる「ひとり語り」 〜森の声、風のささやき〜
      演 目:山本周五郎作 「青竹」他    
      公演者:古屋和子さん

http://www.terra.dti.ne.jp/~yard/show/profile01.html
早稲田小劇場(現SCOT)、横浜ボートシアターの女優を経て、説教・
平家物語・近松等の古典から泉鏡花・中島敦等の近代文学、
M・ユルスナールといった海外文学や童話に至るまで「ひとり語り」
により多彩なレパートリーを手がけています。

第三部 村内外の方々を迎えて懇親会
     信州、千国の春の宵をお楽しみください。
     (皆さまのご参加をお待ちしております。)


参 加 費:
第一部・第ニ部
  (併せて)

第三部

2,000円


3,000円



チケット購入:

問い合わせ:

現地にて承ります。

otari@anno-spero.org


現地までのアクセス:

東京から L特急「スーパーあずさ」(直通)→南小谷 約4時間
大阪から       →(糸魚川経由)  →南小谷 約5時間半
名古屋から      →(松本経由)   →南小谷 約4時間





●また、小谷村では、私たち信州おたり民家応援団のオープニングイベントに先立ち、

5月3日(祝)に  第23回 塩の道祭り

が、開催されます。

問い合わせ先 小谷村観光連盟(0261-82-2233)


こちらも、ふるって、ご参加下さい。






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